お金の使い方に正解はない|価値観の違いと“納得できる使い方”を見つける考え方

ゆたかお金
この記事は約12分で読めます。

こんにちは。いろどりゆたかです。

「正しいお金の使い方」って、誰が決めるんでしょうか。

何にお金を使うべきか。

何に使うべきではないのか。

私たちは、知らず知らずのうちに

「こう使うのが正解」「それは無駄遣い」

そんな基準に縛られている気がします。

でも、最近出会った本を読んで、実体験に当てはめていくと、強く感じる共通点がありました。

それが、お金の使い方に、万人共通の正解はない。

なぜなら、

幸せ・満足感・充実感は

👉 自分自身の心でしか測れないものだからです。

今回は、

「The Art of Spending Money」を読んだことをきっかけに、

私自身の体験と照らし合わせて学んだ

「お金の価値は人それぞれ違う」という考え方について、

体験ベースでお話ししていきます。

知っておくだけで、

他人のお金の使い方にモヤっとしなくなり、

自分のお金の使い方にも、少し優しくなれる。

そんな“ゆたかさ”につながる考え方を、

一緒に整理していきましょう。


「この記事を読むとわかること」

この記事では、次のことがわかります。

  • 「正しいお金の使い方」が一つではない理由
  • 夫婦・友人との価値観の違いをどう受け止めるか
  • 他人のお金の使い方に振り回されなくなる考え方
  • 流されて使ったお金が、自分に教えてくれたこと
  • お金を“不安の種”ではなく“価値を引き出す道具”として捉える視点

「自分のお金の使い方、これでいいのかな?」

そんな迷いを持つ人ほど、

肩の力を抜いて読んでもらえたら嬉しいです。


「正しいお金の使い方」は、誰かが決めるものじゃない


正しいお金の使い方って、誰が決めるの?

  • 何にお金を使うべきか
  • 何に使うべきでないのか

こうした「正解」を、

他人が一方的に決めることはできません。

なぜなら、

幸せ・満足感・充実感は

👉 自分自身の判断でしか測れないから

お金の使い方に「万人共通の正解」はない。

それが、今回いちばん伝えたいことです。


まつげパーマ1万円事件から考えたこと

先日、妻がこう言いました。

「まつげパーマしたいんだよね。1万円くらいするんだけど」

私の表情は

「えー!!」「なんでそんなに?」「そこにそんなお金かける必要ある?」

その言葉が、ピッタリ当てはまる顔をしていたことでしょう。

でも、とっさに出た言葉はこうでした。

「自分のお小遣いの範囲なら、別にいいんじゃない?」

内心は理解できていませんでしたけどね。

施術後の妻を見ても、

「んー?」「変わった…かな?」「若干目が大きくなった…かも?」

正直、その程度。

でも、これは完全に私の価値観で見ているからなんですよね。

妻にとっては、

「まつげに1万円をかける価値がある」

それだけの話。


価値観は、夫婦でもまったく違う

考えてみれば、妻もきっと思ってきたはずです。いつも顔に書いてありました(笑)

  • 「なんでそんな高いギター買うの?」「音なんか対して変わらないじゃない」
  • 「プレミアムモルツ? なんでそんな高いビール買うの?」
  • 「ドリップコーヒーじゃなくて、インスタントでよくない?」
  • 「安い服ばっかりじゃなくて、ちょっとはブランドの洋服買えばいいのに」
  • 「1000円カットじゃなくて、ちゃんとした美容室行けばいいのに」

付き合ってもうすぐ20年。

数えきれないほど、こう思ってきたでしょう。

それでも、妻は私のお金の使い方にまり口を出しません

それはきっと、

「お金の使い方や価値観は人それぞれ違う」

ということを理解してくれているからだと思っています。


ブランドに価値を感じる友人、機能性を重視する私

私には、

頭から足先まで有名アウトドアブランドで固めている友人がいます。

ジャケットは軽く5万円超え。

品質も素材も確かに良い。

でも、それ以上に「ブランド」が際立っています。

彼は、それを身にまとうことで幸福感を得ていて、

それ自体が自分のステータス

一方、機能性重視の私が着ている服には、

彼はきっと何の興味も持たないでしょう。

どちらが正しいでもなく、

ただ価値を感じるポイントが違うだけ


グルメな友人と、食にこだわらない私

別の友人は、とにかくグルメ。

出張前日からランチの下調べは欠かさず、

3000円超えでも「美味しければOK」。

一方の私は、

「お腹が満たされれば何でもいい」タイプ。

当然、価値観は合いません。

だから一緒に外食はあまりしない。

その代わり、共通の趣味であるサウナにはよく行きます。

スーパー銭湯で2時間。

この時間はお互いに心地いい。

彼は、私が食にこだわらないことを知っている。

だから無理に誘わない。

これもまた、お互いを尊重している形なんだと思います。


人それぞれ、何にお金をかけるかは違う

  • 車にお金をかける人
  • パソコン機器にお金をかける人
  • 立派な家やお墓にお金をかける人
  • 旅行や経験にお金をかける人

どれも正解。

大切なのは、

  • 予算を決めて使うこと
  • 他人のお金の使い方を尊重すること

お金は、あくまで道具であり、手段の一つです。

どのような形に変えてゆたかさを得るのか、満足感をあるかは人それぞれ違います。

それをお互いに認め合えることが人の幸せを願うことにも繋がります。これは夫婦であっても親子であっても


指示されるお金の使い方は、学びを奪う

最近の出来事。

子どもたちが親戚からお年玉をもらいました。

子どもにとって、お年玉は年に一度のビッグイベント。

お正月以上に、まとまった「収入」が入る日は、年間を通してもそう多くありません。

いろどり家は、世間と比べると親戚は少ない方かもしれませんが、それでも集まれば、それなりの金額になります。

そこで必ず出てくるのが、「お金の使い方問題」。

貯金するのか、使うのか。

使うなら何に使うのか。

いくら使うのか。

親であれば誰もが、

「無駄遣いしてほしくない」

「正しいことに使ってほしい」

「価値のあるものに使うべきだ」

そう思うはずです。

でも、ここで一度立ち止まって考えてみたい。

親が思う

「無駄遣い」

「正しい使い方」

「価値のあるもの」

それは、本当に子ども目線でも同じでしょうか。

少し過去を振り返ってみてください。

子どもの頃、あなたが欲しかったものは何でしたか?

買いたかったもの、実際に買ったもの。

それらは、大人になった今でも同じでしょうか。

大人は、これまでにたくさんお金を使い、失敗もしながら学んできました。

だから先が見えますし、物の価値や使い方も、ある程度わかっています。

でも、子どもたちはまだ、その経験をしていません。

ここで口出しをしすぎると、

本来、子ども自身が経験して学ぶはずだった「場」を、親が奪ってしまうことにもなりかねない。

子どもが「使いながら学ぶ」ことは、とても大切です。

同時に、親が「お金の価値」や「選択肢」を伝えることも重要です。

ただし、

使い方そのものまで指示してしまうと、どうなるか。

幸福感

満足感

充実感

こうした感情は、得られにくくなります。

むしろ、

「使うこと自体が怖い」

「間違えたら怒られる」

そんな感覚が残るかもしれません。

それは、決して「ゆたかな状態」とは言えない。

お金の使い方に、正解を押し付けすぎないこと。

それは、大人にも、子どもにも共通する、大切な視点だと思っています。


流されて使ったお金が、教えてくれたこと

今までの私は、かなり流されやすい人間でした。

特に、10代後半から20代前半にかけては顕著だったと思います。

例えば、

中学時代、みんなが履いていた人気のサッカースパイクを買ってもらった時も

高校時代、友人が着ていた流行りのジャケットや、ゴリラのロゴが入ったパーカーを買った時も

大学時代、友人みんなでキャバクラに出かけた時も

社会人になってから、一度だけ競馬に出かけた時も

振り返ってみると、

「それが本当に欲しかったのか」と言われると、正直、そうでもなかった気がします。

ただ、

みんなと同じことをしている

そのこと自体に、満足感を覚えていた。

「浮きたくない」

「置いていかれたくない」

「同じでいたい」

そんな気持ちに、知らず知らずのうちに縛られていたのかもしれません。

でも、その満足感は一時的でした。

どこか腑に落ちない感覚も、確かに残っていて。

やがて、こんなふうに思うようになります。

「安いスパイクと、何がそんなに違うんだろう?」

「正直、そこまでの変化は感じなくない?」

「このゴリラのロゴ、本当に必要だった?」

「お姉ちゃんとお酒、めちゃくちゃ高いし、ちょっと勿体なくない?」

「これ、繋がりのために使ってただけかもしれないな」

少なくとも、私にとっては、そうでした。

ただ、ここで大事なのは、

それらがすべて“失敗”だったかというと、そうではないということ。

実際に使ってみたからこそ、

体験してみたからこそ、

「自分は何に満足して、何には満足しないのか」

それが、少しずつ見えてきた。

今思えば、

これもまた、お金で経験を買った結果なんだと思っています。


お金は道具。価値を引き出すのは自分自身

自分と友人は違う。

価値観も、満足のポイントも、当然違います。

他人のお金の使い方を尊重できるようになると、

「それに合わせなければいけない」という感覚から、少しずつ解放されていきます。

合わせる必要がなくなると、

今度は自然と、自分は何にお金をかけたいのかが見えてくる。

逆に、

自分の経験や尺度だけで、他人のお金の使い方を否定してしまうと、

いつか、自分の使い方も

誰かから尊重されなくなる。

そんなことも、現実には起こり得るでしょう。

お金は、目的ではありません。

あくまで道具であり、手段です。

何かを達成したい。

何かを守りたい。

何かを大切にしたい。

その目的のために、

お金をどう使うか。

お金を「ゴール」にするのではなく、

目的を達成するための道具として使う

そんなイメージです。

相手のお金の価値や使い道を尊重できるからこそ、

自分自身も、自信を持って、

「ここに一番価値を引き出したい」

そう思えるところに、お金を使えるようになる。

お金から、どんな価値を引き出すのか。

それを決められるのは、他の誰でもなく、自分自身です。

それが、いちばん大切なことだと思っています。



🌱ラッフィのひとこと🌱

「お金の使い方に正解はないよ。

だいじなのは、“自分がちゃんと納得できたかどうか”なんだ。」

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